2026.06.19
- つくり手とHOTOLIの記憶
きたのまりこさんの幸せのカタチ

遠く埼玉県から熊本のHOTOLIへ届く真鍮のピンバッチ。1つ1つ丁寧に小さな袋に包まれたその姿と添えられた手書きのメッセージカードは、つくり手の想いや実直な仕事ぶりを物語っている。
店頭に並ぶ穏やかなモチーフたちは、空間に優しい空気を纏わせ、手に取る人の心をそっと温めてくれる。そんな作品をつくり出すのは、表現する人 きたのまりこさんだ。
きたのさんが一番初めにつくったあくせさりは、三角屋根の家がモチーフ。自身のルーツとなった作品を今も大切に保管し、温かな笑顔で見せてくれる姿に、彼女の飾らない人柄が映し出されている。 他にも椅子やジョウロなど当時はまだ珍しかった日常のモチーフを展開。それを目にする人たちがくすっと笑ってくれたことが嬉しくて、今も彼女はあくせさりをつくり続けている。


△現在は箱ではなくオリジナルの布袋とともに店頭にならんでいる
折り紙からはじまり、幼少期から手を動かし続けてきたきたのさんは、子供のころから既に決めていたという美大へ進学。そこで溶かした金属を流し込む瞬間の緊張感、場の尊さに魅了され、鋳金の道を歩むことになる。 古来より「火」と「神聖な技」の世界とされる鋳金。炉に空気を送る「鞴(ふいご)」や作業場を清め、お神酒を供えて祀る、関わった人々に食事を振る舞う厳かな儀式を肌で経験したことも、きたのさんがこの世界の持つ神聖な空気に惹きつけられた大きな理由だった。

わたしが初めて迎えたきたのさんの作品は、「ツブツブイチジク」のピンバッチ。愛らしく緻密なデザインに心惹かれ、今も日々の定番として愛用している。そのモチーフの背景には、幼い頃におばあさまの家で食べた美味しいイチジクの記憶があるという。


植物のモチーフには幼少期に道端で見た草花の記憶が背景に。他にも、きたのさんといえば音や光、粒をテーマにしたデザインも繊細で魅力的だ。
目に見えない気配。自身の幸福な記憶や、日常の微かな揺らぎを彼女が感じるまま、かたちにしているからこそ、使う私たちにも穏やかな幸福感を与えてくれる。


現在、国内外へ作品を送り出す きたのさんだが、かつて制作の手が止まった時期もあった。そんな時、もくもくと没頭させてくれた淡水パールに救われたという。金属ではない素材に「自分らしさ」を迷いながらも、自分だけのバランス感覚や組み合わせ方に気づけた今、パールはものづくりの手を支えてくれた特別な素材となっている。

物事の変化を機微に捉え、紡ぐ言葉のひとつひとつが魅力に溢れているきたのさん。自身の幸せの記憶を大切に、そして人々に幸せな気持ちを届けたいと日々制作に励んでいる。そんな彼女とのお話を終えたあと、すっと心が軽くなり、幸せな充実感が広がる感覚を覚えた。作品がくれる幸福感は、デザインの美しさだけでなく、つくり手の人柄や想い、思考の深さそのものなのだと改めて感じさせられた。
彼女のあくせさりを身に着けていると、その愛らしさに癒やされるだけでなく、日々の自分をそっと支え、小さな勇気をくれるような気がしてならない。「表現すること」にこだわり、人々に幸せを運んでくれるきたのまりこさんという存在に、わたしはこれからも魅了され続けていくだろう。

- #きたのまりこ


